13時になり、いよいよ動き出した“アキバのホコ天”
出るわ出るわ、アチラコチラからウジャウジャと人波が車道に押し寄せてくる。
一体、ドコにこれだけの人間が潜んでいたのだろうか。
まさに大都会が故に生み出される、迫力の“人間パノラマ”に圧巻である。
しかし、その風景には微妙な違和感も。。。
路上でのパフォーマンスや商売を禁止する看板や、市民団体などによる街頭行進の姿が多く見られ、
所々に配置された警察官も多く、なにやら物々しい雰囲気が延々と漂っている。
これでは、本来の「ホコ天」の姿とは明らかに程遠い。
もっと人々が自由にくつろげてこそ、本当の「天国」なのではないか。
しかしながら、世の中には犯行を偉物化し、模倣しようと企む愚者が潜むことも事実である。
善良な市民にとっては全くもって迷惑千万だが、これも現世では致し方ない風潮と言えようか。
誠に悲しい話だが、以前のような「ホコ天」の完全な復活は、もはや有り得ないのかも知れない。
ところで筆者は、午前中に見付けられなかった「慰霊碑」をひたすら探し歩いていた。
しかし、ホコ天の運営本部があるだけで、どうもそれらしい設置は無いようである。
そして、事件のあった交差点に立ち、そこからそれらしい設置を探すべくキョロキョロしていたら、
近くにいた警官が、道路上でなにやら挙動のおかしい?筆者を睨み、明らかに不審がっている。
こんな純心な想いを持つ“男前”を見つけておいて、不審に感じるとは何たる無礼か!
これだから筆者は“ケーサツ”が嫌いである。
あんまりムカついたので、カメラを向けて“パシャッ”と一枚撮影してやった。
すると警官は、ますます不審に思ったのか、前にも増して筆者を凝視してくる。
「ちょうどいい、せっかくだから“コイツ”に慰霊碑の場所を訊いてやろう」
そう思った筆者は、自らその警官に近付いていった。
訊くと、その警官は単なる応援要員で、地元の人間ではないため詳細はわからないとの事。
まったく「使えないヤツ」である。しかしながら、遠方からの職務とは大変お疲れ様です。
筆者への疑いが無くなったその警官は、さっきと同じ姿勢で後ろ手に組み(エラソーにコノヤロー)
また別の方角へと警備の目を光らせ離れて行った。
後に訊くと、「慰霊碑」はホコ天再開イベント時に設置されたが、常備はされていないとの話。
筆者は心の中で、犠牲者への冥福を謹んでお祈りさせて頂きました。合掌。
それから、遅ればせながらの昼食へ。
「アキバ」と言えば「カレー」らしいので、その定跡に従う事に。
結果は「可も無く不可も無く」想像通りの味だったが、空腹だったのでまあ満足。
まさに「空腹は最大の調味料である」と言ったところだろうか。
さて、腹も満たしたところで、次なる2つ目の目的は。。。
これが非常に馬鹿馬鹿しいのだが、ついに次回は「上京物語 最終章」となります。
[3回]